名前だけの取締役


当法律事務所に、所長と中学時代の同窓生甲さんが訪れました。甲さんは、友人に迷惑をかけないから取締役になってくれと云われ気軽に引き受けたのですが、その会社が倒産し、債権者から甲さんも責任をとってくれといわれているので、どうしたらよいかという相談です。

弁護士 会社と個人は別人格なので、会社が債務を負っているからといって、直ちに取締役が責任を負わなければならないというものではありません。しかし、商法二六六条の三に「取締役が其の職務を行うに付き悪意又は重大なる過失ありたるときは、其の取締役は第三者に対しても亦連帯して損害賠償の責に任ず」と規定し、責任が生ずる場合があります。

甲 氏 しかし、私は取締役と云っても、名前を貸しただけなので。

弁護士 判例では、商法は名目的取締役を予定していないという理由で同様に扱っています。

甲 氏 その「職務を行うに付き悪意又は重大なる過失ありたるとき」とはどういうことを云うのでしょうか。

弁護士 平取締役の場合は、次のようなことを社長がやっているのをよく監視しなかったということが問題となります。即ち手形乱発、印鑑を部下に預けっぱなし、取引手段の違法、危機状態に於ける取引、会社資産の横領、濫費、放漫経営等です。

甲 氏 そうすると、こわくて取締役になる人がいなくなると思いますが。

弁護士 責任を負わないのに取締役になるというのはよく良くありません。しかし、本当の取締役の場合、企業にリスクはつきものですので、不確定要素を含む判断をせまられる場合が多くあります。こうした場合、講学上経営判断の原則と呼ばれるもので、取締役がした判断が結果的に適切でなかったとしても、それが事業の特質、判断時の状況等を考えあわせて当初から会社に損害を生ずることが明白である場合、またはそれと同視すべき重大な判断の誤りがある場合は別として、与えられた経営上の裁量権の範囲内であれば取締役としての任務を懈解怠したことにならないといわれています。

甲 氏 ありがとうございました。参考にして私の場合を考えてみたいと思いますが、どうしても債権者が追及してきた場合はよろしくお願いします。

遺産とはなにか?

民法は「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」と定めていますが、遺産とは、この「被相続人の財産に属した一切の権利義務」のことを言います。財産というとプラスのものに限定して考えがちですが、借金のようなマイナスの財産もあり、これも遺産の中に含まれるのです。もっとも、遺産がプラスの財産より借金の方が多く、これを継ぎたくないというのであれば、「相続の放棄」という制度があって、遺産全部を継がないこともできます。また、「限定承認」という制度もあって、遺産に含まれる借金などの債務について遺産の中のプラスの財産の範囲でしか責任を負わないこともできます。

以上のように、遺産には原則としてプラス・マイナスを問わず被相続人の全財産が含まれるのですが、次のような例外があります。
一つは、被相続人の一身に属する権利義務です。例えば、恩給を受ける権利はその人かぎりで相続の対象になりませんし、また、音楽を演奏する義務のように他の人では履行できない義務は相続されません。

もう一つは、系譜、祭具および墳墓の所有権です。これについても、慣行に従って祖先の祭を主宰する者に承継させることになっており、相続の対象になりません。

さて、最後に遺産に入るかどうか微妙なケースについて一問クイズを出しましょう。
Q 夫が死亡し、妻と夫の実母が残されましたが、さしたる財産もなく、夫が生前かけていた生命保険がある程度です。保険金の受取人が妻になっている場合、この保険金は遺産に含まれるでしょうか。
○一 YES
 ○二 NO

夫が自分自身を被保険者・受取人とする保険契約を結び、保険金受取人を他に指定しないで死亡した場合には、その保険金は遺産の一部となります。しかし、本間のように、夫が保険契約で受取人を妻と定めていた場合には、妻の有する保険金請求権は契約に基づく妻固有の権利で、相続によって取得するものではないので、遺産の中には入りません。したがって、正解は○二NOです。

ただし、そうだとすると、受取人に指定された相続人は多額の保険金を受け取ることができるのに、他の相続人にはわずかの遺産しか分配されないという著しい不公平が生ずるおそれがでてきます。このような場合については、相続人間の公平を図るため、この保険金の一定割合を特別受益分とみなして遺産分割にあたって考慮するなどされています。したがって、常にまるまる保険金が手に入るとは限りません。

また、相続税の関係では、本問のばあいの保険金も遺産とみなされて課税の対象となりますので、注意して下さい。

静岡県浜松市の海老塚訴訟

静岡県浜松市で暴力団組事務所を追放するために展開されていたいわゆる「海老塚訴訟」が、このたび組事務所を他に移転することを内容とする和解により終了しました。地元住民の粘り強く勇気ある運動とこれを支えた全国の弁護士三〇八名の献身的な努力の賜と言えます。

海老塚訴訟が、どうして全国的に注目されたのか、そしてその結果が何故に高く評価されたのか考えてみましょう。

最近は、暴力団の抗争事件が多発したことなどから、市民運動や建物明渡請求訴訟などによる暴力団組事務所追放運動が数多く展開されていますが、海老塚の暴力団組事務所追放市民運動に対しては、暴力団が住民運動のリーダーを被告として慰謝料の支払を求める民事訴訟を提起するという、他に全く類例のない展開があり、この点で早くから全国的に注目されていたのです。また、この市民運動に対して、暴力団は、当初からむき出しの暴力による反抗を継続的にくりかえしていたのです。

すなわち、暴力団は、住民リーダーの自宅を襲い、建物の窓ガラスや自動車のガラスを鉄パイプなどで打ち壊したり、住民弁護団の団長弁護士を刺傷したり、本年になってからは、タクシー運転手をしているリーダーの首を刺傷したりなど他の暴力団組事務所追放運動では全く類例のない悪質な反撃をくりかえしたのです。

裁判所は、このような特殊な状況を前提にして住民の申立てた暴力団組長の所有する建物についての組事務所としての使用を差止める仮処分決定を下しました。この仮処分決定は、第一に、住民の人格権保護を正面から認め、組長の所有権に対する優越的扱いをした点で、第二に、住民側に保証金の積立てを要求しないで、「仮処分」の形で住民の要求の全てを認容した点において画期的と言われています。

また、この仮処分決定を無視して建物の使用を継続した暴力団に対して、違反すれば一日一〇〇万円の支払をしなければならないという「間接強制決定」も下したのであります。

我々は無法な暴力団の跳梁を憎む者として、今後共、海老塚訴訟に示された裁判所の貴重な判断とこれを実現させた地域住民の勇気を参考にして、暴力団の潰滅に向けて適進すべきものでありましょう。