生前贈与と遺 留 分

A子さんの父親甲さんが亡くなって弟のB男さんとの間で相続問題が発生しました。
甲の遺産は時価二〇〇〇万円の自宅の不動産だけです。但し、甲は三〇年前にAが結婚するときに新居を作るようにと四〇〇万円(現在の貨幣価値に換算すると一二〇〇万円であるとします)を出してやり、Aにそのお金でAの自宅を購入させました(その時価は一億円です)。
このような場合、AとBとで話し合いがつかないときは、法律上は次のどの解決方法がとられるのでしょうか。
① AとBとで甲の家を二分の一ずつ相続する。
② Bが甲の家をもらい、Aに四〇〇万円を支払う。
③ Bが甲の家をもらって終りにする。
④ Bは甲の家のほかAから一〇〇〇万円、又は、これに相当するAの自宅の持分をもらう。

生前贈与は遺産に加算

遺産が甲の家だけであれば、AとBでこれを二分の一ずつ分ければよいのですが、Aが甲からもらった新居の購入資金四〇〇万円をどう評価するかが問題です。
民法では、住宅購入などの暮らしを立てるための資金を相続人が被相続人から生前に贈与を受けた場合にはこれを遺産に加算して計算することにしています。したがって、Aが甲からもらった新居の購入資金は遺産に加算して計算することになります。
その金額ですが、民法では相続開始時の時価で評価することになっており、本問の場合は、実務上の取り扱いの大勢は、購入資金の四〇〇万円ではなく新居の時価である一億円とされています。但し、Aが甲からもらった四〇〇万円が新居の購入資金という目的に限定されていない現金であったものを、Aが独自の判断でこの現金を使って自宅を購入したというような事情があれば、現金四〇〇万円(時価一二〇〇万円)と評価します。

遺留分は確保できる

そうすると、遺産として計算するのは甲の自宅の二〇〇〇万円とAの自宅の一億円の合計一億二〇〇〇万円となります。AとBの取り分はその二分の一の各六〇〇〇万円となり、Aは既に一億円もらっているので、甲の家はBが取得することになります。
Bの相続分六〇〇〇万円の内不足分四〇〇〇万円はどうなるかというと、これは計算上のことなので、原則としては、Aから余剰分を戻してもらうことはできません。
しかし、相続人の遺留分は確保される必要がありますので、Bの遺留分である三〇〇〇万円分(一億二〇〇〇万円の二分の一の更に二分の一)はBが取得することができます。Bは甲の家(二〇〇〇万円)を取得したので残り一〇〇〇万円をAからもらうことができます。なお、この場合、BはAに対して一年以内に遺留分減殺の意思表示をする(内容証明郵便がよい)必要があります。
したがいまして、正解は④ということになります。

取引基本契約書作成のすすめ

Q 取引基本契約書とはどういうものですか。
A 継続して商品を売買する関係にあるものの間で、例えばメーカーと商社間、商社と小売店で売買についての取扱品目や支払条件のような毎回の売買契約に共通の事項を予め定めておくための契約のことです。これに対して、毎回の売買契約のことを個別売買契約といいます。
Q どうして取引基本契約書が大切なのですか。
A いざというときに効力を発する重要な事項を予め定めておけるからです。
Q 重要な事項とはどんな項目ですか。
A ①期限の利益喪失、②損害金の定めおよび③合意管轄の三項目は最も重要です。
Q 期限の利益喪失とはどんなことですか。
A 買主が手形不渡りを出したとか、破産を申し立てられたとか、自己破産を申し立てたとかの事実があれば、買主が売主に対して負っている他の債務についても期限が到来して、売主はただちに全額を支払えといえることです。
Q どのような場合に役立つのですか。
A 例えば、手許に買主振出の約束手形が三通あり、満期が最初の一通は一〇月末日、二通目は一一月末日、三通目は一二月末日で、額面はいずれも金百万円であったとしましょう。
特別に期限の利益喪失の約定がないときには、最初の一通が一〇月末日に不渡りになったので、支払えと請求する場合、最初の一通の金百万円についてだけしか請求できません。二通目と三通目は満期が到来していないので、売主は二通目については一一月末日まで、三通目については一二月末日まで待たないと振出人である買主に支払えと請求できないのです。
ところが、取引基本契約書に不渡りを一回でも出したら全債務について期限の利益を失うと定めてあるときは、不渡り分だけでなくまだ満期の来ていない手形を含めて三通の合計金三百万円についてただちに請求できます。
もっとも買主が破産宣告を受ければ、取引基本契約書がなくても期限の利益を喪失します。しかし破産を申し立てたとか、申し立てられただけでは期限の利益を喪失しませんので、これらの事実を、取引基本契約書により期限の利益喪失の理由に定めておく意味があるのです。
Q 損害金の定めとは。
A 期限後の損害金について規定がないと、商法によって年六分の損害金が請求できることになります。これを日歩五銭(年一八・二五%)の割合とか、年一四・六%(日歩四銭)とか定めてあると、かなり有利です。
Q 合意管轄とは何のことですか。
A 民事訴訟は債務者の住所地を管轄する裁判所へ提起するのが原則ですが、それを債権者の住所地の裁判所や仲裁機関などへ提起してもよいと定めておくことです。
Q どのようなメリットがありますか。
A いざ訴訟となったとき、自社の住所地で裁判するのと、相手方の住所地の裁判所へ出かけるのでは、遠方であればあるほど経費の負担に大変な差が出ますから、取引基本契約書に必ず入れておくべきです。


継続的供給契約における供給ストップ

Q 世の中不況になってくると、相手方の信用不安で、継続的供給契約が締結されていても、供給をしてもよいのかどうか迷うことがあります。
供給をストップするのはどの辺が限界点でしょうか。
A 学説では、不安の抗弁権といって、双務契約で反対給付が危ぶまれるようなとき、反対給付の実行ないしは担保提供まで自己の先履行を拒否する権利というものがあります。
しかし、判例は一般に、不渡や破産申立等買主側に客観的な信用不安があればともかく、売主が一般の情報や興信所の調査などを信用して一方的に買主を警戒して供給をストップし、相手に損害を与えたような場合、買主からの損害賠償の請求を認める傾向にあります。相手が供給ストップの為倒産したり、転売利益を失うことが損害となります。
逆に、相当期間を置いた予告と、担保の提供ないし取引条件の改訂を求めても相手が拒否した場合、債務不履行責任を負わないと解されています。
Q 具体的にはどうしたら良いのでしょうか。
A 特に次の三点が大切だと思います。
① 裏書手形の交付の約束だったのに、自社振出の手形に代えて欲しい、と言ったり、財務内容の開示をしなかった相手に供給をストップした場合、債務不履行にならないとした判例もありますが、一般にはストップの予告をすることと、担保の提供を求めることが大事です。
② また基本契約書に「第×条 売主は、買主から注文を受けた場合においても、買主側の信用不安、特に従来の買掛金の未払等のある場合においては、出荷の制限または停止等適宜の措置をとることが出来、買主はこれに異議を述べない。」という条項を入れておけば、急な場合に対応できることになります。
更に、「買主が従前の支払を遅滞し、又は延期を申出たような場合、売主は、相当な担保の提供を求めることができ、買主がこれに応じないときは、本基本契約を解除することができる」という条項も有用です。
③ こうした法律的な対応と共に、普段取引先によく足を運び、取引先の状況をよく把握しておくことが大切なことになってきます。
不良債権を作ってしまうと、普段一生懸命努力して積み上げた利益が、一気に消滅してしまいますので、このことは非常に注意すべきことと考えます。